ぐだぐだ日記帳 - GDGDiary

残暑お見舞い申し上げます(^^*)|(バテバテです 淡)

memo #7 1年前の記事「たまには文章だけで書いてみることにした」を振り返る

こんにちは。九州地方、明日は雨の天気予報です。
余震が続いています。
ところが、私にできることというのはとても限られています。
本日の仕事に出ました。皆、睡眠不足気味、不安を抱えながらの勤務でした。

ここで、1年前の記事を振り返ることにしてみようかと思います。
1年前の今頃、私はどんなことを考えていたのか。
実際に自分で書いた記事を、読み返してみたのです。
リンク貼ります。
printftan.hatenadiary.jp

本当にしんどい時期を乗り越えて、職場復帰を果たせたことへの感謝がつづられています。この頃の私は、仲間の力を借りながら、お互いに配慮し合って仕事に臨み始めていた。それが、今では、こんな姿に……(^^;

そう、一昨年、同僚を1名亡くした私は、「福祉」の担い手について、改めて考えたのでした。一緒に働いてきた、若年の同僚。

新聞で読んだ言葉に、こういう言葉がありました。

故人へのなによりの供養は笑って過ごすこと

だと。

私自身、闘病生活はいまだ続いています。私の病は慢性の疾患なので、まあ完治はしないだろうなぁとある意味では割り切っていますが、お医者さんの見立てでは、余命30年から40年といったところです。そう、実は、私の命もいつか尽きてしまうのだなぁと、この世の無常を感じます。

ところで、これは私がどこで読んだかは覚えていない言葉ですが、私がかつて自力で窮地を乗り切った時に強く思っていた言葉を紹介します。

親より先に死ぬのが、一番の親不孝だ

私は、まだまだ自分の命をつないでいく必要がある。そう、個人とは、一人の人間の存在なのである。それは、誰かと代わることのできない、代理の存在しないかけがえのない自分自身のことなのである。

あなたは、どれほど孤独の底にあるのか。
私という存在は、あくまでも、孤独感とうまくやっていく方法を、受け継いでいく存在なのだと思う。

もし、私が明日、命尽きるとすると、今日という一日をどう過ごしたいか。仮定の話である。仮の話です。
どれほど自分に嘘をついてきたか、よくわかる問いです。

私は、自分の命が明日尽きるとは思っていませんが、やはり、生きているよろこびを実感したいと思ったのでした。それが、私が20歳代を生き抜いた原動力だったと、思っています。万人が万人、そう思うかどうか、とは思います。

ただ、生きていくうえで、自分のことをいたわり、素直に気持ちを見つめていった末の結論は。結局、いちばんしたいことをしたかったのだったけどずっと勇気が出せなかったが、もう、これで自分の人生が終わってもいいと思うくらいに思いつめたのち、夜の街へ出かけた。この一夜、私は、今ではもう感覚としては覚えていないが、お互いに名も知らない相手と、初めて性を体験したのであった。

今、私が自分へ同じ問い、明日命尽きるとしたらどうしたいか、を、自分に問いかけるならば、きっとこう言うであろう。

思いっきり甘いアイスカフェオレを、満足するほど飲みたい

いつの間にやら、私も三十路、「花より団子」がしっくりくるほど年を重ねたのだなぁ……。そんなわけで、今の欲の向かう方向は「色気より食い気」なのでありました。

確かに、恋い焦がれるほどの恋愛にのめりこみたいなぁと思う時期もありましたが、そこは実は私、もう通り過ぎていった時間なのです。最近の趣味が、チラシチェックしてスーパーへ買い物に行くことなのです。今日はインスタントコーヒーの特売日だったのでした。しかも、ポイント5倍デー!

この一瓶で1か月分くらいのアイスコーヒーを自宅で飲めるかと思うと、もうホクホクです。

こういうときに、
「ああ、今、私はとてもいい買い物をしたなぁ」
と、胸の内では思います。(口には出しませんが)

そんなわけでして、自分の趣味がだんだん確立できて来たので、満たされています。毎日のように買い物に行き、帰ってきて家計簿をつけ、今月はあとどれくらい使えるのだろうか、と、家計簿を見ながらチラシをチェックしている時間が、今、私の生活の中でいちばん充実した時間だと思っています。

そろそろまとめます。
1年前の記事を振り返ってみたのですが、自分の視座が変わりました。なお、今回の記事も、1年前の記事と同様、文章だけで書いてみたのですが……結果的に、ですけどね(^^
ニュースしか見ていない人にとっては、新鮮な記事に仕上がったのではないかと自負しています。
以上です。

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