てるのぱそこんらいふ

夏季休暇のお知らせ→8/11(火)~8/14(金)の期間、おやすみします。

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2020.08.05  記事ページ下にはてなブックマークボタンを設置しました

ベッドルームの静寂

話せば話すほど不快になるときがある。

 この感覚って、案外大事なんじゃないのかなって、なんとなく思った。

 少し掘り下げてみる。

わたしと他者

 わたしの考えているわたし像は、他者からみるとどういうふうに見えているのだろうか。

「こう在りたい」がブレている

 わたしが、こう在りたくないわたしを演出しているときがある。

他者に合わせるときと我を通すとき

 たとえば。

 話せば話すほど不快になるときを例にとってみる。

 相手の話を聞きながら、たぶん、わたしは、次に何を話そうかと考えていない。

 相手の話をまず話したいだけ話してもらう。

 とにかく発言のし易さを場の雰囲気として作ることを考えている。

 だから、わたしが相手の話を聞きながら話をしやすいように工夫をしていると考えてよい。

 そのうえで、場の雰囲気ができていくのであるが、いまのところ、次に何を話すか考えながら話を聞いている方と話している場合にもっとも不快感が高まると思った。

 これは、なんでなのかよくわかんない思いなんだけど、わたし自身の感覚的なものなので、他者と共有できる感覚なのかはまだわからない。

わたしがリードをとる必要がある場合

 この場合。

 たぶん、少しだけ長い時間をかけて丁寧にリードをとる役回りを得てきているのではあるが、わたしが話を率先して進めていく必要がある場合ってのは、そこまで頻度は高くない。

 積極的な発言をわたしがあまり好まないように見えるかもしれない。

 相手が話をしやすい環境や雰囲気を作っていること自体が、わたしが話のリードをとる際の工夫でもある。

相談事の、まあ控えめに言って6~7割は話を聞くだけで解決する

 話を聞きながら不快に思うときもあるにはあるが、たぶん、これは不快に思っているというよりかは、表現としてはまあ不快感、となるんだけど、要するに、話が終わらなくて気疲れした、ってことである。

 実際、話題の準備をしないでいきなり話し始める相手との間に、まったく取り決めがない状態で話が始まった場合を考えてみる。

 相手の話の論旨が全く見えてこない。

 雑談なのか、それともほかに何かあるのか。

 用件は何なのか。

わたしが我を通すとき

 親切心で話しているときは、わたしは経験上、間違う。決して、話に品がないことをとがめない。少なくとも、その場では。

 わたしが最もパフォーマンスが上がるときは、怒っているときである。

 だから、わたしが怒っているときに聞き役になった方には非常に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど、語気荒く怒っているとき、わたしのパフォーマンスは上がっている。

 そこで。

 他者との関係がぎくしゃくする原因ってのもこれなんじゃないかなって、最近少しだけ考えを変えた。

他者との関係性も考慮してみる

 いろんなかたと話してきた感覚的なものなんだけど、楽観的な発言を好む方がそこまで多くないことも実感している。

 そこで、少し日和ってみたり、意味なし言葉を使ってみたり、いろいろとわたし自身の気持ちの余裕を作るための工夫を始めた。そう、この工夫はまだ始めたばかりで、全然慣れない感覚である。

深刻な雰囲気

 深刻な雰囲気が漂っているときってのが案外多い。TPOもあるけど、少なくとも、楽しいはずの場で深刻な雰囲気が漂っている場合、たいていわたしが疲れている。

 で、わたしが疲れていて心配してくれて声かけられるんだけど、わたしに話を聞く余裕がなくってつい語気荒く返事するものだから、相手にわたしが怒っていると誤解されて、より雰囲気が深刻になるケースってのも経験している。

だから。

 怒ってるときと疲れているとき、相手に誤解されない伝え方の工夫を考えてみるのも、そんなにわるくないのかなって思った。

ここまでの話の流れ。

 わたしが不快感と呼んでいるものは、他者の話の聞き過ぎによる気疲れだということ。

 それと、わたしが疲れているときにコミュニケーションを図ってくる相手に対しては、相手が心配してくれて声をかけてくれている場合にはかえってわたしにとって負担に感じることがあること。

 この2点を述べた。

話を進めたい。

 他者の話を聞く際、わたしが準備できないときと、準備ができているときとで明らかに結果に差がある。

 つまり、意表を突いた話の場合ではわたしの受け答えの"質"が明らかに落ちる。

 わたしは、不意打ちに弱い。

 だから、話の流れが全く見えないときや、身の上相談などには、ほとんどの場合、慇懃に話の座をそっと外すようにしている。

 親切心から相手の話を聞く場合は、前述のように、わたしは間違う。だから、これはわたしの予防線である。

 わざわざリスクの大きい話を聞くほど、無謀ではない。

わたしの発言が通るとき

 既に述べた。

終わりに

 わたしの思考は中性的なものなので、わたしが男性であるのか、それとも、わたしが女性であるのか、わかりにくいと思う。

 わたしの思考のユニークさは、後天的に獲得したものか、それとも、先天的なものなのかは、わたしにはわからない。

 ただ、筋道を立てて考えていく思考法と感覚的にこんな感じだよねで進めていく思考法と両方がブレンドされていることは自覚している。

 つまり、ブレンドコーヒーを飲んでいるときに考えたことをそのまま書き取ったようなものである。

 夜も更けた。

 そろそろ、就寝したい。

 Good night. I'll be well asleep. To be continued... See you next time.